糖尿病の治療について
糖尿病の原因
糖尿病とは、インスリンの不足により慢性的な高血糖状態を来すもので、1型(絶対的インスリン欠乏)、2型(相対的インスリン欠乏)、その他(遺伝子異常など)、妊娠糖尿病の4つに分類されます。日本人は欧米人よりやせ形でインスリン抵抗性が低い(インスリンが効きやすい)ものの、インスリン分泌が弱いため、食事の欧米化に伴う内臓脂肪の蓄積などによりインスリン抵抗性が軽度増大しただけで容易に糖尿病を発症しやすいと言われています。日本人では2型糖尿病が90%以上と最多で、一千万人に達しています。
糖尿病の診断
以下にガイドラインを示しますが、血糖値とHbA1c(過去1-2ヶ月の血糖を反映)を診断に用います。例えば普通に食事をして来院された時の血糖が200mg/dl以上でHbA1c 6.5%以上であれば糖尿病と診断されます。空腹時であれば血糖126mg/dl以上でHbA1c 6.5%以上であれば糖尿病です。
空腹時に採血してCペプチド*を測ることでインスリンの分泌能を調べることができます。インスリン分泌能が低下している状態で経口血糖降下薬だけを投与しても血糖は改善しないため、一度計っておくと良いでしょう。
*空腹時血中Cペプチド:内因性インスリン分泌を反映します。0.6ng/ml未満ではインスリン療法が必要となります(インスリン依存状態)。
**CPI(Cペプチドインデックス):食前の血中Cペプチド/食前の血糖値×100という式で表す指数で、0.8未満はインスリン療法、0.8-1.2ではインスリン治療または経口血糖降下薬またはGLP-1受容体作動薬、1.2以上は経口血糖降下薬またはGLP-1受容体作動薬を用いることになります。
糖尿病の治療
食事療法、運動療法、薬物療法が3本柱です。
食事療法
日本糖尿病学会の「健康食スタートブック」に必要なエネルギー量などがイラストなどでわかりやすく記載されています。取り組み易さを考えて下記にポイントをまとめてみました。
・3食欠かさずゆっくり噛んで食べる。20分以上かけてゆっくり食べると満腹中枢が刺激され、少ない量で満足できます。1口30回噛むことを意識しましょう。食事を抜かすと次の食事で血糖が上がりやすくなります。
・寝る前3時間は食べない。食べてすぐ寝ると翌朝の血糖があがります。
・野菜→魚や肉→ご飯の順に食べる。野菜は食物線維が豊富で、食物線維は血糖の上昇をゆっくりに抑える効果があり、心筋梗塞などの心血管イベントを減らします。また、魚や肉をご飯より先に摂取することで、腸からのインクレチン(インスリン分泌を促進するホルモン:GLP-1、GIPなど)の分泌が促進し、インスリンの初期分泌が改善します。
・野菜は食物線維が豊富な海藻、キノコに加え、トマト、キュウリ、レタス、ホウレンソウ、ニンジンがおすすめ。キノコ、豆、根菜、ナッツと覚えましょう。ジャガイモやトウモロコシは糖質が多く注意が必要です。
・果糖は血糖をあげるので果物は1日80kcalまで、つまりバナナは1本、りんごや柿なら半分、ミカンは小さいものを1日2個までとされています。
・清涼飲料水やスポーツドリンクはなるべく避ける。牛乳は1日コップ1杯まで。水、お茶、無糖コーヒー/紅茶が推奨されています。
運動療法その他
中強度の有酸素運動が推奨されています。安静時代謝量をMETと呼びますが、その3倍の3METs(メッツ)の運動が中強度に相当します。軽い筋トレや徒歩が3METsです。効率よく糖質と脂肪酸を燃焼させるためには20分以上の持続が推奨され、徒歩ならば1回20-30分、1日2回、1万歩が良いとされます。慣れたら4METs(速歩、サイクリング)、6METs(軽いジョギング、階段昇降)の運動を行っても良いでしょう。院長は糖尿病ではありませんが、メタボ対策であえて自転車に乗らず片道30分弱かけてラジオ講座やポッドキャストなどで勉強しながら歩いています(一石二鳥)。普段の生活に組み合わせると続きやすいです。
車通勤の方は、職場であえて階段をつかうなどのちょこちょこ運動がおすすめです。スクワット20回を1セットとして1日2セットしても良いでしょう。
・アルコールについては、血糖コントロールが良好なら飲酒可とされます。日本酒1合、350mlのビール1本、ワインはグラスで2杯を週に2-3回にしておいてください。ただし、膵炎や高度の中性脂肪上昇、アルコール依存症、アルコール性肝硬変を合併している方は禁酒が必要です。
・喫煙は動脈硬化、善玉コレステロール(HDL)低下、糖尿病の悪化を招きますので、やめましょう。
薬物療法
学会によって推奨されている薬物療法のアルゴリズムが異なりますが、外来では概ね以下のような流れで薬剤選択を行います。
1.インスリン療法の適応かどうか:
インスリン分泌能が低下しておりインスリン投与が必要な状態や重度の肝障害・腎障害を合併している場合などは、インスリン療法の絶対的適応になります。それ以外でも、体重減少、口渇・多飲・多尿があり、随時血糖300-350mg/dl以上またはHbA1c 10%以上の場合もインスリン療法の導入が必要になります。また、既に3-4種の経口血糖降下薬を服用していても改善していない場合も当てはまります。
2.最初の1剤:
ビグアナイド薬(メトホルミン)が用いられます。安価で、心血管疾患死を減らすエビデンスがあり、単独では低血糖をおこさず、体重を増やさず、食欲抑制作用があり、中性脂肪や悪玉コレステロール(LDL)を下げる働きがあるためです。かつては乳酸アシドーシスという副作用が有名でしたが、発生率は非常に希であり禁忌がなければ1st choiceです。
禁忌は、(1)腎機能障害:eGFR(推算糸球体濾過量) 30ml/分/1.73m2未満では禁忌。透析患者含む。(2)脱水、脱水が懸念される下痢嘔吐、過度のアルコール摂取者。(3)高度の心血管・肺機能障害、飲食の制限される外科手術前後、などです。
悪心・腹部膨満などの胃腸症状の副作用がみられることがあり、500mg/日の量から初めてゆっくり増やしていきます。副作用が目立たなければ1500mg/日まで増やして朝夕に分けます。量が少ないと血糖降下作用が不十分となります(最大量は2250mg)。ただしeGFRが45以上60ml/分/1.73m2の場合は1500mg/日まで、30以上45ml/分/1.73m2未満の場合は750mg/日に減らして投与します。
3.2剤目:
上記で改善がない場合は、DPP-4阻害薬またはSGLT2阻害薬を用います。
かつては、SU剤やグリニド薬という膵β細胞を刺激してインスリン分泌を促す薬がよく用いられていましたが、血糖値が低くても作用してしまうため、重い低血糖症状をおこすリスクがありました。そこで、血糖値が高いときだけインスリン分泌を促進するインクレチン(GLP-1、GIP)が着目されました。インクレチンはDPP-4という酵素で代謝されるため、この酵素を阻害する薬(DPP-4阻害薬)とGLP-1受容体作動薬が開発されました。
両者とも単独では低血糖を起こしにくいですが、SGLT-2阻害薬の方が心血管イベントの抑制や腎保護のエビデンスがある、体重減量、血圧低下、脂質改善といった複数の効果が見込めるのに対し、DPP-4阻害薬では心血管イベントを減らしません。一方で、SGLT2阻害薬は脱水や尿路感染、サルコペニア(筋肉量の低下)という副作用に気をつける必要があります。
従って、心不全がある、微量アルブミン尿や蛋白尿がある場合はSGLT2阻害薬を使いますが、eGFRが30ml/分/1.73m2未満の腎機能障害があってメトホルミンやSGLT2阻害薬を使用しにくい場合や痩せている高齢者には、DPP-4阻害薬を選択します。
SGLT-2阻害薬:
腎臓の近位尿細管でのグルコース再吸収を阻害する作用を持ちます。糖を尿中に捨てることでインスリン状態とは無関係に血糖を低下させることができ、体重減少効果もあります。デベルザは半減期が短いことで夜間の尿糖排泄が減るため、夜間の排尿回数が増えないという特徴があります。
DPP-4阻害薬は現在2型糖尿病患者の約7割に使用されており、1日1回内服で済むものや、腎機能が悪くても使える薬(トラゼンタ)などがあります。
4.3剤目:
GLP-1受容体作動薬は、単独では低血糖を来さず、食欲抑制による体重減少があり、肥満の多い米国では第1選択薬の一つとなっています。ただ日本では2型糖尿病米国人のような肥満(平均BMI 32)は少ないため、メトホルミン、SGLT2阻害薬、DPP-4阻害薬の3剤を使用しても血糖コントロールが不良な場合に、GLP-1受容体作動薬を選択します。ただしこの時、DPP-4阻害薬は中止する必要があります。
GLP-1受容体作動薬は注射薬が主ですが、インスリンの代わりにはならないので、空腹時血中Cペプチドが0.6ng/ml未満(Cペプチドインデックスで0.8未満)であればインスリン療法を選択します。主な副作用は、悪心、便秘、下痢などの消化器症状です。膵炎の既往がある患者では使用を避けます。胆石症にも注意が必要です。
セマグルチド(オゼンピック)は週1回の皮下注でよく、血糖降下作用と体重減少作用が強いため、中年までの肥満患者に良い適応です。デュラグルチド(トリルシティ)も週1回の皮下注で、中等度の血糖降下作用と体重をほとんど減らさないことから、高齢者で肥満がない患者に適しています。
経口セマグルチド(リベルサス)は、減量が必要な肥満患者かつ注射薬の導入が難しい場合に使用されますが、起床時に120mlまでの水で内服したあと30分間は別の薬を含め絶飲食を保つ必要があります。また、心血管イベントの抑制効果はまだ明らかではありません。
5.その他の薬:
SU薬はβ細胞膜上のSU受容体に結合してインスリン分泌を促進します。安いという利点がありますが、持続時間が24時間と長く、血糖値とは関係なくインスリン分泌を促進し続けるので低血糖リスクがあります。また心血管イベント抑制のエビデンスはなく、体重増加も来します。そのため4剤目として、血糖コントロールが不良かつインスリン注射に抵抗感がある場合に適応になります。
SU薬を使う場合はグリクラジド(グリミクロン)かグリメピリド(アマリール)を使います。グリクラジドなら20mg、グリメピリドなら0.25mgと最小量から開始し、最大はグリクラジドは80mgまで、グリメピリドは2mgまでとします。グリベンクラミド(オイグルコン)は低血糖のリスクが高くなるため使用を避けます。肝硬変がある場合や、eGFR 30ml/分/1.73m2未満では使用しません。低血糖をさけるためHbA1が7%未満の場合は減量もしくは中止します。
グリニド薬は、膵β細胞上のSU受容体に結合してインスリン分泌を促進します。持続時間が短いためSU薬ほどではありませんが低血糖リスクがあり(特に腎機能障害がある場合注意)、心血管イベントの抑制エビデンスはありません。SU薬と同様に、食後高血糖が続く場合に4剤目として適応になります。毎食直前の内服により食後の高血糖を改善しますが、飲み忘れやすいという問題があります。
αグルコシダーゼ阻害薬は、小腸での糖の吸収を抑えて食後の急激な血糖の上昇を抑制する薬です。低血糖リスクがないため、グリニド薬との比較ではこちらが使用されますが、副作用として腹部膨満、下痢などの腹部症状があり、腸閉塞の既往や大腸癌などの術後患者には使用できません。心血管イベント抑制効果はなく、食直前内服のため飲み忘れやすいという欠点があります。
ツイミーグというミトコンドリアに作用することでグルコース濃度に依存してインスリン分泌を促しつつ肝臓や骨格筋で糖代謝を改善する新しい薬理機序の薬剤も上市されました。上記の糖尿病の薬で効果不十分でもそれらに追加して使用することができます。ただ腎機能低下例には使用が推奨されていません。
注射薬
インスリン製剤はその作用時間によっていくつかに分類されています。
インスリンの相対適応:(1)空腹時血糖250mg/dl以上、(2)随時血糖350mg/dl以上、(3)尿ケトン+以上、(4)ステロイドを使用中の場合のいずれかで、なおかつ1-2Kg/月以上の体重減少がある場合
インスリン絶対適応:(1)1型糖尿病(2)高血糖昏睡(3)重度の肝障害・腎障害(4)重症感染症・中等度以上の手術前(5)中心静脈栄養中(6)DM合併妊娠
となっています。
通常はまず経口血糖降下薬から始めて、効果不十分であれば眠前に持効型溶解インスリンの注射を開始します。目標の空腹時血糖を80-120mg/dlとして量を調整します。空腹時血糖が目標に達しても食後血糖が高い(HbA1cの改善に乏しい)場合は、持効型溶解インスリンに加えて食前に超速効型インスリンを追加します。ライゾデグは超速効型30%と持続型70%が混合された製品で朝食直前・夕食直前の2回で済みますが、昼食後に高血糖になりやすいという欠点があります。
近年は、持効型溶解インスリンとGLP-1受容体作動薬を組み合わせることで低血糖をおこすリスクを軽減した製品(ゾルトファイ)もよく使われるようになってきました。1日1回注射で良いので使いやすい製品といえます。
糖尿病治療の目標
患者さんの状態は様々ですので、下図のような目標が設定されています。血糖値だけでなく、脂質や血圧のコントロールも重要です。
高齢者の糖尿病
高齢者の約5人に1人が糖尿病と言われています。糖尿病があるとアルツハイマー病に1.5倍、血管性認知症に約2倍なりやすいというデータがあります。また重症低血糖も認知症の発症リスクになります。高齢者では腎機能などが低下し薬による低血糖のリスクが増すことや、認知症を合併してくる場合もあるため、やや緩い目標となっています。例えば中等度以上の認知症がある方の目標は8.0%未満であり、特にインスリンを使用している場合は下限7.5%、上限8.5%未満に設定されていて、下限が設けらているのが大きな違いです。
特にSU剤やメトホルミン、SGLT2阻害薬は腎機能が低い方には副作用がでててしまう可能性があるため、血糖だけでなく定期的な腎機能のチェック他剤への変更を考慮していくことになります。