睡眠時無呼吸症候群と歯科

2025年10月11日に、九大で開かれた第19回日本臨床睡眠医学会に参加して参りました。
9年ぶりに足を踏み入れたキャンパスは、思ったより随分懐かしい感じがしました。
大学内外でそのままのところもあれば変わっているところもありなんだかとても新鮮で、ぎっくり腰の身であるのに帰りは風景を見ながら思わず博多駅まで歩いてしまいました。
さて、最近歯科の先生から睡眠時無呼吸症候群疑いの患者さんをご紹介いただくことが増えており、歯科医である安部晋先生が座長を務めるセッションを拝聴いたしました。
安部先生は関電病院の勉強グループの中の唯一の歯科医で、普段は徳島大学歯学部で教鞭を執っておられます。
睡眠の研究でカナダのモントリオール大学に留学されており、睡眠医学に対しての飽くなき情熱に加えお茶目な面も持ち合わせている素晴らしい先生です。
睡眠領域での歯科の先生のお仕事は、睡眠時ブラキシズム(歯ぎしり)と閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)への診療が挙げられます。
歯ぎしりは歯・歯周組織、顎関節など顎口腔領域への影響が主な疾患で、歯科医単独で診療されます。
一方OSAは、高血圧症などの全身性疾患と綿密な関係があり、医科から歯科への情報が重要です。
歯科医単独ではOSAの検査をする事が出来ず、医科からの紹介状(検査結果を含む)が必要とのことで、密接な連携が重要であるとのことでした。
マウスピース(Oral appliance:OA)は軽度~中等度のSASの治療に用いられていますが、その作成にあたって、歯科の先生が診ているポイントは、
1.かかりつけ医科があるか、2.歯の痛みはあるか、3.口を開けると痛むか、4.嘔吐反射があるか、5.義歯は入っているか、6.歯のことで何か気になることはあるか、
だそうで、口腔内診察に加えてレントゲン所見も参考にされるとのことでした。
歯科で使われるレントゲンの撮影方法は色々あると思いますが、睡眠専門医はその勉強の中でセファログラムという顔面頭蓋の評価をする方法があることを習います。これは以前から歯科領域で使われてきた検査方法で私自身はオーダしたことはないので詳しくはありませんが、知識整理もかねて解説したいとおもいます。
高倉育子. 耳展 60. 2017より
セファログラムには様々な評価項目がありますが、日本人は顎顔面が上下に長く奥行きが短いそうで、下顎下面から舌骨までの距離(MP-H:上図⑤)と軟口蓋の長さ(PNS-P:上図⑦)が長く、舌根部の位置での前後的咽頭幅径(PAS:上図⑥)が短いという特徴があるそうです(高倉. 耳展. 2017)。つまり軟口蓋が長く気道幅が狭く舌骨が下方にあるということになり、これらはOSAへのなりやすさを示す特徴だそうです。
對木先生は直感的な模式図を示しています。

對木聡ら. 睡眠口腔医学 V0l 9. 2022
下顎とそこについている舌や軟組織を箱に入った肉に例えたとき、箱(顎)が大きくても肉(舌)が大きければ上気道が狭くなる(上図B真ん中)、肉(舌)の量が普通でも箱(顎)が小さければ同じように気道が狭くなる(上図B右)というものです。OSAの治療で用いられるマウスピース(OA)は顎を前に出して固定することから、箱を大きくして上気道を確保しようとする治療と言えましょう。
大阪歯科大学ホームページより
当院でもOSAが疑われる方には、下顎歯の叢生(歯がきれいに生えていない状態:下顎が小さいことを示唆)の有無、扁桃腺腫大がないか、顎の後退はないかの確認に加え、下図のようにMallampati分類のどのクラスに分類されるかを診ています。

Mallampati分類(對木聡ら. 睡眠口腔医学 V0l 9. 2022より)
因みに当院によくご紹介いただく歯科の先生は上気道の広さを面積で評価しておられ、顔を横からみたセファログラムだけを評価に使っているわけではなさそうです。
OSAの治療に用いられるマウスピース(OA)については、Sleep Medicine pearls 第3版を基に以前、安部先生が解説してくれました。以下は本に沿った解説ですので、安部先生個人の見解とは違う箇所があるかもしれません。
OAは舌を突出させて保持または安定させるもの(Tongue retaining deviceまたは Tongue stabilizing device)と下顎を前に出すもの(Mandibular advancing device)の2つに大別されます。主にいびきや軽症のOSAに使われ、特に体位依存性(仰向けで悪化するが横向き寝だと正常)のOSAに良い適応とされます。中等症以上の場合はCPAPがうまく使えないときに勧められます。
咬み合わせ(occulusion)は、第一大臼歯がほぼまっすぐなClass 1(理想型)、下顎の第一大臼歯が後ろに行くClass 2(顎が後退する)、逆に前にいくClass 3に分類され、Class 2で最もOAの効果が高いとされます。健康な歯が上下とも6-10本残っていることが必要で、歯が悪い人はまずその治療が必要です。歯のない方は Tongue stabilizing deviceを使うか、インプラントを考慮しても良いかもとなっていました。
よく歯ぎしりがあるとどうなるかとの質問を受けますが、OAが壊れる原因となるようです。ただ歳を取ると歯ぎしりが減ると言われているとのことでした。なお、歯ぎしり用のOAとOSA用のOAは異なり、OSA用のものは上下2つくっついた形になっています。また口が開きにくい人はOAを入れると顎関節に負担がかかってしまいしんどい様です。
Mandibular advancing deviceは温めると柔らかくなる素材でできており、作る事自体は難しくないとの事でした。1mm刻みで調節でき、睡眠が改善する(いびき消失など)まで痛みなどの問題がない範囲で下顎を突出させます。

Xiaoxin Shi et al., Clinical Oral Investigations. 2023
治療前の平均AHI(無呼吸低呼吸指数:5回/時間未満が正常)が24.8回/時間である患者57名を対象にOAを使ってもらってその効果をみた研究では、55.0%の人がAHI 10回/時間未満になっており、OA調整後には更に9.9%の人が改善したことから、調整を行うことの重要性が言われています(Krishnan V et al. Chest. 2008)。ある研究によれば、64%の人が5年間は使い続けており、うち1週間に4晩以上使っていた人は93%にのぼったとのことでした(de Almeida FR et al., J Clin Sleep. 2005)。OAをやめた理由としては、不快44%、効果不足34%、CPAPへの変更23%の順でした。交差試験ではOAの使用継続率はCPAPと同等かそれ以上でした。
CPAPとOAとの治療効果を比較した論文では、治療前のAHIが30回/時間前後である患者群に対し、CPAPを使うとAHIが5回/時間と正常化したのに対し、OAだとAHIが10-15程度で改善がmildであることが示されました(Ferguson KA et al., Thorax. 1997)。そこで口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)術後*に改善が不十分な方にOAを組み合わせたり、CPAP治療と組み合わせている人もいます。以前もブログで述べたと思いますが、CPAPを処方しても充分使わないのならOAを組み合わせた方が良いという考え方があり、前述のAlmeidaが2023年にその趣旨のことをこの学会で述べていました。
OAの副作用としては、顎関節痛、筋膜痛、歯痛、流涎過多があげられます。副作用の出現率は6-86%と言われており多いのか少ないのか良くわかっていません。
当院は歯科から御紹介を受けるだけでなく、必要な方は検査結果をつけてこちらから歯科に御紹介もしております。今後も連携をしていきたいと思っています。
*手術については以前、耳鼻科医である関電病院睡眠関連疾患センターの三原丈直先生が詳しく解説くださっており、時間があるときにこちらにアップします。



